裂織(さきおり)聖地巡礼の旅-東北へん-

裂織(さきおり)聖地巡礼の旅-東北へん-

裂織(さきおり)を知っていますか?

古い布など、布の端きれをリボン状に裂いて、それを緯糸に入れて織る技法です。
縦糸にも緯糸にもそのような、使い古した布を使って新しい布が織れる織り機「ECO織り機」を、開発・販売しております。
開発過程で参考にしたものの一つに、東北地方の裂織があります。
しかし実際に現地に行ってみたことはありませんでした。
今年、ECO織り機の販売と講習会が本格的にはじまるにあたって、やっぱり現地を見ておかなければいけない、と、今回、一人旅に出かけることにしました。

裂織といえば!南部裂織保存会@青森県十和田

裂織は、寒くて綿花が育たない東北で主に織られていました。
今でこそ「BORO」と呼ばれ、ファッションの1つとして世界的に知られるようにはなってきていますが、元々は、日々の生活を寒さからしのぐためにやむを得ず生まれた知恵でした。

友達の車と(引越しの手伝い)、夜行バスと、レンタカーを乗り継いで向かった、青森。
京都を出る時は、桜が満開だったのに、到着したら寒くて息が白かったです。

この地で伝統的に織られていた裂織を、保存していこうと作られたのが「南部裂織保存会」
正式には1975年から、なんと約50年もの間、独自のカリキュラムを作って、保存継承活動をされています。
道の駅十和田の隣に施設があり、約70台もの地機(じばた)が並んでいました。

この日は講習会の日で、生徒さんがたくさん!
会長さんや伝統工芸士さんにご案内いただきました。

ここでは、裂織技術の保存継承活動がメインですが、カリキュラムの中には、他の機織り機で織るやり方や、カード織りなど、織り機を使わないやり方も含めて教え、織りを理解した上で、創作活動に励んでおられます。
体験できるスペースも設けており(この時はコロナ感染症対策のためお休み)、訪れた人自身が織っていけるようにもなっています。海外からも研修に来たり、地元の小学校は地域を知る授業の一環で体験されるそうです。

素敵だなあと思ったのが、皆さん一通り技法を学んだら、自分や家族のために好きなものを織っているということ。
元々裂織は、寒さから身を守るために、家族のために織ってこられたもの。
赤い紅絹(モミ:着物の裏地の薄いきれで、茜などから染める。保温や血液浄化作用があると言われている。)を使った、こたつ掛けが特にそれを象徴するもので、2003年には、こたつ掛け300枚展なんてのも開催されてます。

伝統工芸となった裂織を、継承のために学ぼうという人が減っていると危惧されています。
いつまでも、自分や家族のために織るという、暖かい気持ちの裂織が続いてほしいです。

裂織巡礼の途中で…魚市場、蕪島神社、三陸復興公園、十和田市現代美術館

夜行バスで八戸について、約束の時間まで時間があったので、レンタカーで周辺を散策しました。

朝ごはんは、魚市場へ。これ、いくらかわかりますか?(関西人ぽい)

ウニ、筋子、えび、マグロ、鮭の丼と、ホタテの入った味噌汁。
なんと、1000円もしないのです…!
市場では100~500円くらいで刺身や焼き魚を売っていて、それをセルフで丼にして食べるというスタイルです。

めっちゃテンション上がりますが!静かに、黙々と食べました笑
コロナが落ち着いた際にはぜひまた賑わってほしいです!!

鳥好きの方にはぜひ訪れてほしい島があります。

一面のウミネコ!蕪嶋神社です。
産卵のために集まっているそうで、足の踏み場がないほど。
「島を3回まわると願いが叶う」とありましたが、1周でやめました。
これからカップルを見つけるタイミングだそうです。
白い綺麗な色をしていますが、子育て中はボロボロになるそう(約2割しか成鳥になれないそうです)。
人間も、カモメも、子どものために頑張る。一緒なのだなあ。

少し足を伸ばした先には、三陸復興国立公園の最北端。
東日本大震災で被災した三陸の海沿いが、国立公園になっています。資料館もありました。

南部裂織保存会の皆さんに、ぜひ行って!と言われたのが、十和田市現代美術館

まちに現代美術が溶け込むように設計されていて、建物に入らなくても、路上に色々なアートがありました。
もちろん中に入って、企画展もチェック。
売店&カフェには、青森らしくリンゴにちなんだスイーツなどが食べられます。

裂織を使ったプロダクトを、福祉に生かす!株式会社幸来良(さっこら)@岩手県盛岡

翌日向かったのが、裂織を、福祉施設で、プロダクトとして、どんどん作っておられる、幸来良さん。
手織りのものって、すごく時間がかかる割には、稼げる仕事では全くないのですよね…
それを事業にしておられる!スゴイ!

福祉施設ということで、障害を持っておられる方が働いているわけなのですが、ちゃんと一人一人の力量を最初に計測して、できることに合わせてお仕事を調整されているということです。
障害がなくても、一人一人の力量や体調に合わせた仕事配分って難しいですよね。
ものづくりの会社、納期があるものなら尚更です。すごいです。

ここでの材料は、さんさ踊りという盛岡伝統の踊りの浴衣や、アパレル企業が商品を作る時に発生する布切れなど。
大量に同じ色柄のものが入ってくるので、一点ものになりがちな裂織でも、ある程度プロダクトとして製品の品質を均一にできます。なるほどです。

気軽に裂織に親しんでもらえたら、ということで、ダンボールの織り機や材料も販売されています。
お互いに、織り機も売りつつ、裂織のECOなところを、広めていきましょう!とお話ししました。
会社の方も織り手さんも、同世代の人がいて、嬉しかった〜!お互い頑張ろう!

 

伝統的なホームスパンと裂織製品を作り伝える!みちのくあかね会@岩手県盛岡

ホームスパンとは、家(home)で紡いだ(spun)毛織物のこと。
イギリスから明治期に日本へ渡り、農閑期の副業として広まったこの技法を、産業として伝えています。
手つむぎだからこその、ふわっっっっっふわのマフラーや帽子にうっとり!
機械で紡いだり織ったりだと、ある程度張力をかけないとうまく織れないので、こんなふわふわにはならないのです。そして、擦り切れにくく、使うごとに風合いを増していきます。

この、みちのくあかね会は、戦争で家族を失った女性が働く場として創業されています。
裂織もそうですが、生活を支えるために作られてきたものは、優しさ、暖かさ、力強さがありますね。
昔は病院だったという古い木造の建物を活用して活動されています。
現場だからこそ感じられる空気感でした。快く見学を許していただいて、本当に感謝です。

裂織巡礼の途中で…宮沢賢治ゆかりの地、奥州藤原氏の毛越寺と、一関もち食文化

宮沢賢治ゆかりの地、花巻から、中尊寺金剛堂で有名な、奥州藤原氏で栄えた平泉を通り、一関まで南下しました。
銀河鉄道の元になった路線(今はバス)に乗って温泉。

平泉は、毛越寺のみ訪れました。

ここは平安時代に、貴族が極楽浄土をイメージして作った庭だそうです。
めちゃめちゃ綺麗だったのですが、当時の人々へ想いを馳せたら、居ても立ってもいられなくなってしまい(当時は平均寿命が30歳くらい。赤ちゃんのころに亡くなる人も多いけど。)私も何かしないと!みたいな気分になって、格安ビジネスホテルで、今回得たアイディアをまとめていました笑

一関は、もち食文化があり、年に60回以上、もちを食べる行事があるそうです。
ずんだ餅など、季節のもち定食をいただきました。


隣の席で、同じくらいの年代の女性が、この3倍くらい?いろーんなもちが並んでいる御膳を食べていました。わんこそばみたいに、もちのお椀がズラーーーーー!見ていて気持ちがよかった笑

裂織ではないけれど…手編みの製品で地域振興!気仙沼ニッティング@宮城県気仙沼

東日本大震災でダメージを受けたまちの一つ、気仙沼。
そこに暖かい編み物の物語があることをご存知でしょうか?

海沿いの建物は軒並み新しい雰囲気で、まだ造成中の土地もあり、10年経っても、まだまだこれからといった雰囲気でした。

↓プレハブの建物で営業している気仙沼魚市場の食堂

マグロやカツオなど、遠洋漁業に出る船が出る港町。
この日も出港する船のために、大漁旗が上がり、人が手を振り、送り出す音楽が流れていました。

一度漁に出ると、何ヶ月も帰ってこない漁師さん。そんな長い船の上での時間を使って、娘にセーターを編んで、帰ってきたらプレゼントする、なんて素敵なエピソードがあります。
編み物が身近なこのまちで、まちの人が編んだセーターを売る。気仙沼ニッティングは、復興支援のプロジェクトとして始まり、会社になって継続しています。
色々なものが流されていってしまったこのまちで、またみんなが明るく、誇りを持って続けていける仕事となっています。

オーダーメイドのニット製品は、インターネットで注文できるほか、東京や京都にも販売店がありますが、気仙沼の本店にはぜひ行ってみたく、周に1度の開店日をねらいました。
高台にあるお店は、海や桜が見えてとても綺麗。
ネットで購入されたセーターを着て訪れる人も多いようです。そういう「帰ってこれる場所」が、遠くてもあるってことは、とても素敵だなと、暖かい気持ちになりました。

たまたま店番をされていたスタッフさんは、以前地域おこし協力隊をされていて、今は地域振興のためのグラフィックデザインなどの仕事をしているとのこと。(何処かの、かなこさんみたい!笑)京都でも取り組んでいるお仕事があるそうで、またぜひ会いましょう!と盛り上がりました。

裂織巡礼の途中で…まちごと宿と捉えるホテルHAGISO(はぎそう)

帰りに東京を通るので、ぜひ泊まってみたかった宿、HAGISOへ。
日暮里の下町にあるこの宿は、もともと東京芸大の学生などが住んでいて、取り壊しになりかかっていたところを、リノベーションして、街の案内所的な、カフェ&ギャラリー&宿になっています。

チェックインすると、街の地図がもらえます。
いくつかある銭湯からどれか好きな所に入りにいけるチケットをもらえるなど、街ごとホテルと捉える仕組みです。


スタッフさんとお話しして、おすすめの場所を教えてもらえるのですが…
紹介に熱が入りすぎて、チェックインに1時間以上かかってしまいました!笑
そして、まさかの、おすすめしていただいたお店の営業時間を過ぎているという!笑
これはまた来ないといけませんね〜笑

実は5年ほど前に、一度予約を取っていたのです。
でも、直前に、入院することになってしまって、やむなく断念。
当時は、地域おこし協力隊になったばかりで、きっと宿泊しても、すごいなーで終わっていたと思うのですが
この間、自分自身も、古民家のリノベーションをしてお店を作ったり、まちを巡る地図や、集落の教科書を作ったりしてきたので、もうどれを取っても感慨深い一泊でした。

5年前は、なかなかしんどい時期で、入院も辛かったですが、
当時の自分に、大丈夫だよって、ぎゅっと抱きしめてあげたい!そんな気分になりました。

裂織だけではないけれど…「民藝」の聖地!日本民藝館@東京都駒場

東京に寄ったのは、日本民藝館に行きたかったからです。

今回のチラシのメインは、笑顔の仏像、木喰さん。江戸時代の僧侶が旅しながら彫った像で、京都八木の身近なお寺に1000体目があります。この仲間たちがみたくて。
収蔵物は、うつわや、着物や、衣食住にまつわる道具。こういった、生活に身近な素朴な美しいものに目を向けよう!と「民藝運動」を始めたのが柳宗悦さん。そのかたが作り、民藝の精神を伝えているのが、日本民藝館なのです。

収蔵品の中には、裂織も含まれています。
「どこの誰が作った」とか「こんないわれがあるから価値が高い」とか、そういったことを抜きにして、自分の価値基準でものをみて、そのものの美しさを感じること。大切だなと思います。

裂織巡礼の途中で…

日本民藝館へは、算命学鑑定士の森田智子さんと一緒に行きました。


智子さんに旅の話をするつもりが、これ、配信してもいい!?と、配信トークに!笑
運命のサポートをする仕事をしている智子さんならではのコメントもあって、面白い動画になりました。
こちらから視聴頂けまーす。

https://www.facebook.com/tomoko.morita.395/videos/3862785010469412

本当のエコとは、人を愛する気持ち

ものが生まれた土地、現地の人のあたたかさ感じられる、とても良い旅になりました。
(行く途中で、すっころんだり、ケータイを落としたり…!難ありの度に、助けていただきました。ありがたい。)

人との触れ合いが制限されまくっている、今日このごろですが、直接会わなくてもわかる便利な機械も使いつつも、直接体験できることの価値が、より高まっているよなあとも感じます。

「本当のエコとは、人を愛する気持ち」
裂織や刺し子のBOROについて書かれた本に出てくる、好きな言葉です。
ほんとにそうだなと思います。
裂織や、民藝品は、身近な人との時間が良いものになるように、心を込めて作られたもの。
それを再確認できました。

このあたたかみを胸に、良いものを知れて、直接体験できる場所を、これからも作っていこう!と思います。